22:00.pm-24:00.am



「景気はどうだ?」
「ああ、相変わらずだな。」
 どちらからともなく始まるこんな会話で、男はいつもの席に着いた。
「ま、俺らがヒマなのは、世の中が平和ってコトだ。ヒマ持て余すから、こうやってこんなトコにだって来られる。」
「悪かったな。こんなトコでよ。」

 男の軽口に、店主は仏頂面でバーボンのロックを前に置く。
 男は店主の古い顔なじみで、軍人…それも中将という要職についていた。

「そういや今日は、てめェんとこの下っ端が来てたぞ。」
「下っ端……?ああ、スモーカーか。あれでももう“大佐”なんだぜ。“下っ端”って歳でもねェしな。」
「フン……もうそんなになるのか?」
「初めてココに連れてきてから、もう六、七年は経つからなぁ……。お前ンとこのチビも、ずいぶんおっきくなったじゃねェか。」
「上にばっか、ひょろひょろ伸びやがったがな。」
「いいじゃねェか。カウンターに縦横デカいのが二人もいてみろ。暑苦しくッてしょうがねェ。」
 それに……、と男は口元を歪ませて「片腕に収まるサイズってのも悪くねェだろ?」
「ケッ!……口の減らねェ」苦々しげに横目で青年を見た。

 が、向こうは気付かなかったようだ。
 グラス磨きに集中していて、こちらの声は聞こえなかったらしい。
 男は美味そうにバーボンを一口すすり、しんみりと言った。

「……そうだな。六、七年経っちまった……。」
 この男にしては珍しいくらい静かな口調に、店主は手を止める。

「最近はあいつとも、あまり顔を合わせなくなったな……。部署も違うし、互いに忙しい立場になっちまったし。」
「…………………。」
「今でこそ、おキレイな広い個室なんぞ宛てがわれるようになっちまったが、昔は俺もあいつも、やれ事件だなんだで四六時中部屋に砂ぼこりが舞ってる、タコ部屋みてェなトコに詰め込まれてたな。これがまた窮屈な部屋でな……。
 あいつなんか鉄砲玉みてェなモンだから、一旦外に出たらめったに部屋に戻りゃしねェ。ふらぁっと帰ってきたと思やァ、血まみれ、泥まみれ。もうちっと上手くやりゃァ、そんなにズタボロにならねェで済むのによ…………。
 器用にできねェんだわ。昔の俺とおんなじで。」
「………………。」
「ああいう気質だからな。下のモンから慕われはするが、同僚にはわりと煙たがられる。
 元々人付き合いも苦手な方だったんだろ。たまに、誰もいなくなった部屋の片隅で安酒のビン抱えてやがった。『外行って飲め』っつったら、『うるせェからイヤだ』とよ。可愛げねェよなァ……」
「……………………。」
「正直、この店に誘ったとき、ついてくるとは思わんかったな。ま、上司の誘いじゃ断われねェってのもあったか?けど、こうちょくちょく顔出すようになるとは………。」

 複雑な面持ちで、グラスを一気に空ける。
 店主はそれに新たな酒を注ぎながら、静かに言った。

「ここは、軍人も悪党もねェ。ただの酒場だからな。」
「……だな。」男は苦笑した。
「わざわざこンなトコまで来ねェと、娑婆に出た気ィしねェんだな……あいつも。」
「『こんなトコ』ってのは余計だ。」

 店主のしかめっツラを肴に、男は笑って二杯目のバーボンを口にした。