18:00-20:00.pm



 いつものように彼は、そう遅くない時間にやってきた。
 夕飯を兼ねてこの店に来るからだ。
 時々、あの麦わらの少年とつるんで来ることもあるが、たいていは独りで、カウンターの一番左端に腰をおろす。
 同じ年頃である青年と、馬鹿話で盛り上がるというわけでもない。たまに二言三言、ことばを交すだけだ。
 飲む酒も大体決まっていて、適当なボトルを渡しておけば勝手に手酌でやっている。
 青年にとっては楽なような……しかし二人きりになるのは、やや苦手な客だった。
 店主の方は、これっぽっちも気に止めていない。

 今日も彼は黙々と酒を飲み、店主も淡々と氷を削っている。
 青年だけが沈黙に居心地の悪さを感じていて、
(今度の休みにでも蓄音機を買いに行こう)とぼんやり考えていた。

 その時、一人の客が入ってきた。
 店主が少し驚いた様子で客に言った。

「珍しいなミホーク…………まだ宵の口じゃねェか」
 男は無表情のままうなづいて、
「ひまつぶしだ。」とカウンターの一番右端に腰をおろした。

(そういや、この客もあンまし口をきかねェな……)
 そう思った青年がちらりと彼に目をやり、

 ──────────息を飲んだ。

 彼の手が微かに震えている。額にはうっすらと汗も浮いていた。
 そしてその視線の先は………………

「おい」
 男の声に、青年はハっと我に帰った。
 こちらを、いや、彼を見ている。
 口角を軽く釣り上げ、男が言った。
「子供はそろそろ帰る時間だ」
「!!」

 スツールを壊しかねない勢いで彼が立ち上がり、男の前に立った。
 青年は店主を見やった。
 店主は腕組みしたまま動こうとしない。






 呼吸すらできないような、27秒間の沈黙のあと。
 28秒目に彼は踵を返し、動けない青年に叩き付けるように金を払って店を出た。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 ドアのきしみが完全に消えて。

「ウチの客を勝手に追い出してンじゃねェよ。」
 言いながら、店主は男の前にグラスを置いた。

「カクテルなんぞ頼んでおらんぞ」
「売り上げを減らしやがった罰だ。いつものが欲しけりゃ、こいつを片付けてからにしやがれ。」

 置かれたのは、男には少々似合わぬ、愛らしいカクテルグラス。中に入った液体は、ミルク入り珈琲の色をしていた。

「甘すぎる。」
 一気に飲み干し、男は渋い顔をした。
「MUD SLIDE(マッド・スライド)。……『ぬかるみで滑る』って名だ。」
 にやりと店主が笑う。「そのうち足下を掬われんようにな?」
「掬えるものならな。」男も低い声で笑った。


(やっぱり、明日の朝イチで町へ行こう……)
 レジに金を仕舞いながら、青年だけがひとり、重いため息をついた。