+ 抹茶くず餅&あんくず餅 +


「夏風邪は馬鹿が引くもンだ。」
「うるせェよ」

珍しくサンジは寝込んでいた。今日で三日目。
昨日よりも幾分か熱は下がってはいるが、今週いっぱいは厨房に立てないだろう。
サンジの食事は、誰かしら手の空いた料理人が持ってきてくれていたが、仕事が落ち着いた頃合いや厨房を離れたついでに、ゼフも様子を覗きに来た。
「感染ったらどうすンだよ」とか「ガキじゃねェんだから」と文句を垂れつつも、サンジの表情は明るい。独りきりで日中部屋に隠って寝ているだけというのが、退屈で退屈で耐えられなかったのだ。

「連休明けでよかったぜ。先週だったら目も当てらンねェよ、なぁ?」
「アヒルみてェな声してぐだぐだ言ってねェで、おとなしく寝てやがれ。」
「何か甘いモノ食わしてくれたらちゃんと寝る。」
「ケッ、何抜かしてやがる」

舌打ちしてゼフはさっさと部屋を出ていってしまった。
取り残されたサンジはしばし、ぼんやりとゼフの消えたドアを見つめていた。

何だか急に寂しくなった。

調子に乗って言わなきゃよかった…、などと咳まじりの溜息を落としつつ、布団を被ろうとしたその時、聞き慣れた硬質の足音が近づいてきて

ドアが開いた。
ゼフが、緑色の葉にくるまれた菓子らしきものと湯飲みを乗せた盆を持って立っていた。

「てめェ、起きてンなら何か羽織ってろよ」

言うなり、手近のハンガーに吊るしておいた、いつものスーツのジャケットを放って寄越す。わたわたとサンジが肩にそれを掛けている間に、ゼフはベッドサイドに腰を落とした。
サンジの少々詰まり気味の鼻先を、笹の葉の香りが掠めた。

「和菓子?」
「あァ。葛を貰ったンだが、店に出せるほどの量じゃなくてな。葛切のが食いやすかったか?」
「ここ毎日粥とかばっかりだったから、こっちの方がイイ」
「……そうか。」

熱い緑茶を一口啜り、赤ん坊のおくるみのように菓子をやさしく包んでいる笹の葉をそっと剥がした。ひんやりとしたそれは、丸い半透明の餅状で中の餡が透けて見えている。齧ると、餡の強めの甘味と葛の淡い塩味のバランスが巧くとれており、あっさりとしていて食べやすかった。

「コレ、“葛饅頭”?」
「レシピには“葛餅”って載ってたぞ」
「“葛餅”って言ったらさ、三角の白い……コレよりもうちっと固い餅に、黒蜜ときな粉かけて食べるヤツじゃなかったっけ?」
「地方によって名前が違うみてェだぜ。俺には専門外だからよくは知らんがな。」
「へぇ……」

ゼフ曰く、葛は和菓子の中ではメジャーな食材なのだそうだ。
しかしゼフも一般家庭でも作るようなものしか作ったことがないという。調理次第で食感が、ゼリーにもマシュマロにも化ける葛菓子というものにサンジは興味を持った。
そう言うと、ゼフは

「じゃァ、泊りがけで実地見聞と洒落込むのも悪くねェな」

サンジがその言葉の意味に気付いたときには、もう腰を浮かせかけていて、

「とっとと治せよ」

そう言い残して、後ろ手にドアを閉めた。


サンジは布団を深く被った。
幸せそうな顔で。


笹の葉の香りと、見た目の色合いが涼し気な、
初夏らしいひと品。
餡の甘味が強いが、葛の淡い塩味で、
程良い加減に収まっている。

PrintempsGINZA B1F (Ginza)