ゼフのネクタイ姿など、そうそう見られるものではない。
総会などの経営上の小難しい集まりの時も、ジャケットは着ていてもノータイであることが殆どだ。

首まわりをキリキリ絞められンのがイヤだ、とゼフはこぼす。
慣れちまえば別に気にならねェんだけどな、とサンジは思う。

そのゼフが、黒いネクタイをカッチリと絞めて、黒スーツなんかを着込んでるのは、


葬式の場以外にはまずありえない。






monochrome






1)
その電報が届いたのは、準備中の札を外して「さァこれからもうひとがんばり」という時だった。
サンジを含む古株連中数人だけを部屋に呼んで、ゼフが訃報を読み上げた。

死んだのは、バラティエ創立時代の一人のギャルソン。
このレストランで、最初で最後のギャルソンだった。

「明日葬式に顔出してくるから、店の方はちゃんとしとけよ。」
ゼフは静かにそれだけを言った。

この日の厨房はいつもより少し、おとなしかった。


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「明日、おれもいっしょに行くからな。」

その晩。
なんとなく寝付けなかったサンジは、枕を抱えてゼフの部屋をノックした。
ゼフも同じだったらしい。
寝酒のピッチがいつもより早い。目の縁がほんのり赤かった。
サンジが無言でベッドに潜り込むと、ゼフは眉間に皺を寄せたが、何も言わずにグラスをあおった。

「聞いてンのかよ?」
「…………………あァ。」
トクトクと酒を注ぐ音がやけに響く。「好きにすりゃァいい」

あっさりと言われて、サンジは拍子抜けした。

「いくら黒ッたって、いつものスーツはやめとけよ」
「わかってるよ。ジジイこそ着るものあるのかよ?」
「どっか奥に仕舞ってた筈だったが……」
「ボタンがしまンなかったりしてな」
「うるせェ。とっとと寝ちまえクソガキ」

ゼフはそれきり口をつぐんでしまった。
サンジは聞こえるか聞こえないか程度の声で「オヤスミ」とだけ言って布団をかぶった。


しばらくしてゼフが隣に入ってきた。サンジはゼフの背後から腰に抱きついた。

「まだ起きてやがったのか?」
「してくれたら寝るからさ」
「知るか。勝手に寝過ごせ」
「ちょっとでいいから。な……?」

ゼフが面倒くさそうに引き剥がそうとするのを、モノともせず唇にかじりつく。
口内に残ったモルトの味をすっかり舐め盗られ、唾液の伝うゼフの口から諦めの溜息がこぼれた。ぶつぶつと愚痴りながら、熱を持った襟足に舌を這わせる。
サンジはきゅっとゼフのパジャマの裾を握りしめた。


灯りが消えた後も、サンジは握った裾を離さなかった。