ゼフのネクタイ姿など、そうそう見られるものではない。 総会などの経営上の小難しい集まりの時も、ジャケットは着ていてもノータイであることが殆どだ。 首まわりをキリキリ絞められンのがイヤだ、とゼフはこぼす。 慣れちまえば別に気にならねェんだけどな、とサンジは思う。 そのゼフが、黒いネクタイをカッチリと絞めて、黒スーツなんかを着込んでるのは、 葬式の場以外にはまずありえない。 |
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その電報が届いたのは、準備中の札を外して「さァこれからもうひとがんばり」という時だった。 サンジを含む古株連中数人だけを部屋に呼んで、ゼフが訃報を読み上げた。 死んだのは、バラティエ創立時代の一人のギャルソン。 このレストランで、最初で最後のギャルソンだった。 「明日葬式に顔出してくるから、店の方はちゃんとしとけよ。」 ゼフは静かにそれだけを言った。 この日の厨房はいつもより少し、おとなしかった。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 「明日、おれもいっしょに行くからな。」 その晩。 なんとなく寝付けなかったサンジは、枕を抱えてゼフの部屋をノックした。 ゼフも同じだったらしい。 寝酒のピッチがいつもより早い。目の縁がほんのり赤かった。 サンジが無言でベッドに潜り込むと、ゼフは眉間に皺を寄せたが、何も言わずにグラスをあおった。 「聞いてンのかよ?」 「…………………あァ。」 トクトクと酒を注ぐ音がやけに響く。「好きにすりゃァいい」 あっさりと言われて、サンジは拍子抜けした。 「いくら黒ッたって、いつものスーツはやめとけよ」 「わかってるよ。ジジイこそ着るものあるのかよ?」 「どっか奥に仕舞ってた筈だったが……」 「ボタンがしまンなかったりしてな」 「うるせェ。とっとと寝ちまえクソガキ」 ゼフはそれきり口をつぐんでしまった。 サンジは聞こえるか聞こえないか程度の声で「オヤスミ」とだけ言って布団をかぶった。 しばらくしてゼフが隣に入ってきた。サンジはゼフの背後から腰に抱きついた。 「まだ起きてやがったのか?」 「してくれたら寝るからさ」 「知るか。勝手に寝過ごせ」 「ちょっとでいいから。な……?」 ゼフが面倒くさそうに引き剥がそうとするのを、モノともせず唇にかじりつく。 口内に残ったモルトの味をすっかり舐め盗られ、唾液の伝うゼフの口から諦めの溜息がこぼれた。ぶつぶつと愚痴りながら、熱を持った襟足に舌を這わせる。 サンジはきゅっとゼフのパジャマの裾を握りしめた。 灯りが消えた後も、サンジは握った裾を離さなかった。 |