prologue

 町の外れにその店はあった。
 外れと云っても、一番近くの建物まですいぶんと距離がある。
 辺りには、古びた道標がぽつんと立っているだけで、その店の他に何もなかった。


“Hundle BAR”

 西部の太陽と砂ぼこりにさらされて、すっかり色褪せてしまった看板に、白で縁取りされた店の名がある。
 『酒場』の『BAR』と、『ハンドルのように長く垂れ下がった鬚』という意味も持つ、『hundle bar』という語をかけたと思われる。
この店の主人は口元の鬚を左右に分け、三つ編みにして垂らしていた。

 店にはこの主人ともう一人、若い男が働いていた。
 長めの前髪が左目を隠しており、露出した右側の、ややタレ目の瞼の上には、くるりと渦を描いた眉毛が乗っかっている。歳は二十歳そこそこ、といったところか。五十の坂を越えているであろう店主とは、親子ほどの開きがある。
 実際、初めての客などからは、よく父子と間違えられた。顔立ちが似通っているわけではないが、長年一緒に暮らしてきたせいか、当人たちも気付かぬところで、雰囲気や仕種が似てきてしまったのだろう。


 彼らが店を開けるのは、日が暮れてからだ。
夕方6時に開け、明け方4時に灯りを落とす。場所が辺鄙すぎて、昼間もあまり人が通らないためだ。
 だからここには、町一番の旨い夕飯を楽しむか、静かに酒を飲むか、
この二種類の、わずかな客しか来ない。

 以前、ある客が主人に尋ねたことがある。「何故もっと町の中心でやらないのか」と。
 主人は苦笑して、こう答えた。
「客が来てくれンのはありがてェがな。忙しくなっちゃ、落ち着かねェだろ。」
 その視線の先には青年がいた。視線に気付いた青年は、顔を上げてやさしく微笑った。




 町の外れにその店はあった。

 ハンドルのように長く垂れ下がった鬚を三つ編みにした店主と、
 くるりと渦を描いた眉毛の青年の店。

 二人だけの、静かな時間が流れている店。


 
Hundle BAR


 午後6時、開店。