TRICK or TREAT?


「サンジ、俺は手伝いを頼んだはずなんだが。」
膝の間に割りこんで顔を埋めてるおれに、ジジイの不機嫌声が降ってくる。
「ヤだ。何だよ他に言うことねェのかよ?せっかくコレ、奥から引っぱり出して着たのにさ」

上目遣いに睨んで、再び口を窄めてカタチを舌でなぞると、ジジイは諦めたらしい。
何やら書き込んでいたメモ帳を放り投げ、おれの髪を梳いて耳を、首すじをくすぐってきた。
少し窪んだジジイの人さし指に白いレースのヘッドドレスが絡む。
もっと深く飲み込もうと身を乗り出すと、背中がつっぱり、ぶつッと糸の切れる音がした。
今のおれにはコイツはいいかげん小さくて、ふくらみを持たせてあるはずの袖は中身がピッチリ詰まってしまっている。
その肩で白いエプロンの大きなフリルが揺れて、むせ返るほどのショウノウの匂いが立ちのぼった。

「呆れてモノも言えねエよ、俺は。よく着られるな。ンな……」深いため息。
「メイド服なんか。」
「キツいよコレ。何年昔のだと思ってンだよ。裾なんかホラ、こんなに短いンだぜ」
「馬鹿、そういうイミじゃねェ。」

ジジイはおれを抱き上げて、太股までしかない黒いワンピースのなかに器用な手を潜りこませる。二人分の体重をかけられて、腰かけていた木箱がきしんだ。

「大体そンなもの、いつ買ったんだ」
「忘れたのかよ?ハロウィンの仮装にさ、買ってくれたんじゃん。12ン時。」
「そうだったか?」
「そうだよ」

あおのいて薄く開いたおれの口から吐き出される喘ぎ声が、窓のない薄暗い船倉で、積み上げられた荷のかげに吸いこまれてゆく。

「何もそンなものじゃなくたって……もっと他になかったのか?」
「これしかサイズが合うの、なかったンだよ」

蕩けながら、あの日の雑貨屋の陳列棚を思いだす。
周波数の合わない無線のようにノイズのかかった記憶のなかで、ビニール包装されたメイド服の“Sサイズ”のラベルだけがやけに鮮明に残っている。
ハロウィンの当日、夕方に雑貨屋のドアを開けたんだ。
関連商品はほとんど品切れしてたんじゃなかったか?
確か……………………

「おンなじこと、あんた、買ったときにも言ったぜ?覚えてねェの?ボケたンじゃねえ?」


『サイズ、合わねえンだもん』
そう、ふくれッ面で返したんだっけ…?


「うるせェ、クソガキが」
憎まれ口と判然としない記憶は、内をかき回す濡れた指に拡散された。

「……んん…………ッ」
いつもより早いピッチで攻められて、身体が過敏に反応してしまう。
かすれた声で「……ね、ひょっとしてさ、気に入ってンの?コレ」さぐってみる。
肩にしがみついてるおれにはジジイの顔はよく見えない。
こたえる代わりに指を抜かれ、そのまま一気に貫かれて、思わず声が跳ね上がった。

「ッ……アァぁっ!」


その時、ノックの音がした。


「!!」

手放しかけた意識が瞬時に引き戻される。

「オーナー、いらっしゃいますか?」ジジイを呼ぶ声。

背中に冷たい汗が滲んだ。
動きを止められ、また漏れそうになる声を、ジジイの肩に顔を埋めてどうにか押しとどめる。

「……確かここにいるって言ってたよな?」

誰だ?独りごとの声の主が判別できない。蕩けた頭じゃ上手く働いてくれない。
ダメだ、開けるな!今開けられたら………

「オーナー!奥にいるんですか?」
ドアノブの回る音!

胃の底から冷たい固まりがせりあがる。「…………………ッ!!!」


………………?誰も踏みこんでこない?


「つかえてやがる……クソ、開かねえ。やっぱいねえのかな」

5センチ開くか開かないかのところで、うまい具合に散らばっていた箱が引っかかっていた。
ほっとした拍子に全身の力がゆるんで、強張ってた手がずるずる滑り落ちてゆく。
安堵に惚けたおれのツラを見たジジイはニヤリと笑った。

「すまねェな!ゴタついて手ェ放せねえんだ」

耳もとで、よく通る低い声を大音量で聞いた。「!?」

「大丈夫ですか?手伝いましょうか!」
「いや、それよりそこにファイル置いてあるだろ。補充リスト一覧。数合ってるか確認してェから、てめェそこで読み上げちゃくれねえか?」

「クソジジイっ!!てめェ、何考えて」
「てめェにやらせるはずだったンだがな。いま手ェ離せねェだろ?」
「ば……ッ、ジジイだって」
「このメモと照らし合わせりゃいいだけだ。動かんでもできる。」
「片手間でやってんじゃねえよッ!!」
「そりゃ仕事のことか?それともこっちか?」
ふいに内を抉られて、反射的に髪を掴んだ。
「声、出すなよ」
「……ッ」
ジジイは、絶対におれがココまで煽られた状態で「やめる」と言えないのを知ってる。
おれは、思いつく限りの悪口を並べ立ててやるかわりに、広い背中を踵で蹴とばした。



やるかフツー?こーゆーこと。
よがり声を必死に噛み殺して、外からの声に神経を尖らせた。
そうやって意識をそらしていないと悲鳴を上げてイッちまいそうだ。
ギリギリ歯を食いしばってる口唇をこじ開けるキス。
いつもなら絶対自分からしてくれねぇクセに、なんでこういう時だけするんだよ?
舌を搦め捕られて危うく声が漏れそうになった。
おれが意地を張ってると、面白がってジジイは煽る。
海賊の本性を垣間見る瞬間。
愉しんでる。
眼で解る。
獰猛な眼。
獣が餌を弄ぶ時の。
でも、その眼が見たくて逆らえない。
おれも“赫足”のゼフを煽ってる。

もし本能だけになっちまったら、
煽って、貪り合って、
ひと欠片の骨も残さぬほど食い尽くすまで、
おれたちは止まらないんじゃないんだろうか─────────



我慢ももう限界で、黒いスカートにひっかかってる一番敏感な部分から、流れた液体がじわじわと滲む。視界まで滲み出してきた。
きっと、今のおれの顔は到底見られたもんじゃない状態になってる。
ゼフの顔がぼやけて見えない。
なぁ、もっとその眼を見せろよ?
顔を近付けるとふいに強く抱きしめられた。つながりが深くなる。
外のことなんか、一瞬で蒸発した。

「ヤ…だっ…も、コレ以上、奥なん…っ……………ッアアアッッ!!!」

懇願、悲鳴。そして……………。


浮遊した意識のなかで思い出した。
メイド服を選んだ理由。
『面白がって、もっとかまってくれるかもしれないな』それが本音。
なんだ…結局今も昔も変わってねえのかよ。
ばっかみてェ。



ジジイがしゃべってるのが、ぼんやり聞こえた。

「声?なにか聞こえたか?最近耳が遠くなったのかもしれねぇな」

何事もなかったように話してる。
外の足音が遠ざかって消えた。
わかってるよ。そういう男だよ。アンタは。
危ない橋のギリギリのラインで、おれをすくい上げる。余裕ヅラで。
玩具にされてるよな。おれ。
いいけどさ。別に。
でも覚えてろよ?
いつかこっちが振り回してやるからな。

ジジイの肩に頭を預けて、夢うつつに今年のハロウィンを思う。
メイド服であんたの部屋に乗りこんでやる。
このカッコ、わりと愉しんでたもんな、アンタ。


TRICK or TREAT
菓子よりもっとイイのをくれよ。じゃないとおれから悪戯するよ?


【END】