「すげえなヒル魔……もうこんなんなってるぞ。」 「まじまじ見てんじゃねえよ。ガキじゃあるまいし……」 「でも、ほら、すげえ立ってる」 武蔵は嬉しそうに、背後の蛭魔に、バスタブいっぱいに立つ泡を掬って見せた。 tiny babbles 仕事帰りに蛭魔の部屋に上がった武蔵が、「コレやるよ」と渡したのは、丸いフォルムの可愛らしい小ビンだった。 中には赤い、とろりとした液体が入っていて、ラベルに“Bodysorp & Babblebath Gel”とある。 「またずいぶんツラに似合わねえモノ持ってきたな。どーしたんだよ?コレ。」 「商店街の福引で貰ったんだけどよ。実家じゃ使えねえし、第一使ったこともねえから、持ってきた」 「あー……、確かにテメーんちじゃ無理だよな」 武蔵家の風呂は、主人の趣味なのか、贅沢にも檜風呂だ。 蛭魔も泊まった際に使わせてもらったが、手足がまともに伸ばせるほど広くて、めずらしく長湯になった記憶がある。 「これってよ、入浴剤なんだろ?」 「まーな」 「お前んちでも見たことねえから、最初何かと思った。」 「俺、そーいうの使わねえし」 「じゃあ、一緒に入るか」 「あァ!?」 蛭魔の柳眉が跳ね上がる。 「何で糞狭いユニットバスに」 「いや、だってせっかくだしなあ……」 武蔵は蛭魔の項に唇を寄せる。 微かに触れたザラついた髭の感触と、汗とヤニの入り交じったにおいに、蛭魔の肌がざわりと粟立った。 「お前と入るつもりで持ってきたんだからよ」 結局。押し切られるようなかたちで許してしまった。 武蔵は楽しげに湯を張っている。それをバスルームのドアにもたれて蛭魔は眺めている。 心臓の裏あたりから気泡のように這い上がったざわめきが、未だ収まらない。 武蔵の声はあんなに低かっただろうか。元々低い方だったが、あれは渋みすら感じられた。 多分、煙草で焼けてしまったせいだろう。二人きりの時はあまり吸う姿を見せないが、すっかりチェーンスモーカーになってしまっていることに、蛭魔は気付いていた。 それに、雰囲気。 それまでの武蔵は、自分が誘って仕掛けたことに、苦笑しながらつきあってくれるのが常だった。 なのに、たかがバスジェル一つとは云え、自分からこうしてわざわざ訪ねてきて誘ってくるのは、めったになかったことで。 たった数か月、離れていただけなのに、まるで別人のような………… 馬鹿馬鹿しい、蛭魔は軽く頭を振った。 たかが声くらいで、何を動揺してるんだ。 バスタブに、もこもこと泡が膨らんでいく。 面白そうにそれを見つめる武蔵は、何一つ変わっていないように見える。 「なあ、そろそろ入るか」 「あ……ああ」 武蔵が脱衣籠に服を全て放り込むのを待って、蛭魔もシャツのボタンに手をかけた。 「甘ッ!甘くせぇ!!」 武蔵の膝を割って、蛭魔は湯舟に身体を沈める。 にやけた髭面と向かい合うのも、武蔵と自分の身体をつい見比べてしまうのも、何だか全てが癪に触って、「なんで泡風呂なんか許可しちまったんだ」とブツクサ言いながら、背を向けて座った。 一人でも踵がぶつかるバスタブは、ほぼ大人と変わらない身長の二人で入るにはあまりにも窮屈で、蛭魔は膝を抱えるしかなかった。 おまけに、菓子のようなひどく甘ったるい匂いがする。 武蔵がまだ半分ほど中身が残ったビンのラベルを読み上げた。 「“watermelon”……メロンか」 「すいかだ、馬鹿。赤いだろうが」 「甘い匂いなのは解るが、違いがよくわからん……外国製だからか?」 「どーでもいいだろ、……糞ッ!出るときタワシで身体洗ってやる!!」 「痛そうだから止めとけ」 「それに狭ぇし!」 「そりゃ男二人でユニットバスはな……。でもコレ、この前俺が仕事で取り付けたのよりはデカいけど」 「他所んちのなんざ知ったことかよ!! ああもう、いいだろッ!?栓抜くぞ!」 「お湯もったいねえだろが」 背後から武骨な腕が伸び、蛭魔の肩ごと拘束する。 背中がすっぽりと武蔵の胸板に納まって、蛭魔はもがくのを止めた。 心地よい反面、どこか落ち着かない。 ざわり。 身体の内のあの気泡が、また呼び戻されている。 「……暴れねーから、もう放せ」 武蔵の腕の戒めが残念そうに緩められる。 ようやく解放されて、少しだけ安定を取り戻した蛭魔は、背中の体温から意識を逸らそうと、目の前の泡の山を弾いた。 「何か、洗濯物んなったみてえ」 手の中の泡は、シャンプーの肌理細やかなそれとは違い、シャボン玉の集合といった体だ。こうして見つめている間にも、布ずれのような音をたてて崩れていく。 「案外お湯もさらっとしてんだな。泡立ってるから、もっとぬるつくかと思った」 武蔵が両手で湯を掬い、蛭魔の鎖骨にこぼした。 深いエッジを描くそこは、一度こぼされた湯を溜め、四方へとこぼれ出た。湯はうっすらと桜色に染まり始めた肌を滑るように流れ、あとから追うように泡が這う。 泡をまとった胸のひときわ紅い突起がひくりと疼いて、蛭魔は思わず身を固くした。 「コレ、量増やせばもっと泡立つか?」 「知らねえよ、そんなん……」 蛭魔の状態を知ってか知らずか、武蔵は泡のついた手のひらで、胸元をまさぐってくる。 摘まれ、親指と人差し指で揉みしだかれ、胸の突起は脹らんで固くなる。 少し強めに爪を立てられて、堪え切れず、蛭魔の唇からちいさな声が漏れた。 首筋に忍び笑いの気配。 その手は蛭魔の肌を這いながら泡のなかへ消え、芯を持ち始めていた蛭魔自身を握りこんだ。 「ぁ……っ」 上げた声が、思ってもいなかったほど大きく響いた。 語尾を飲んだ蛭魔に、武蔵は 「聞かせろよ」 耳に舌先を差し込まれ、蛭魔は短い悲鳴を上げた。 促されるまま、武蔵の腰の上に向き合う形に座り、両足首を肩に乗せた。 水中から持ち上げた足はひどくダルいが、背を武蔵の折り曲げた膝で支えられているので、そうキツくは感じない。 少し目を下に向けると、水面に蛭魔自身が見え隠れしていた。 半ば勃ち上がっているそれの先端を武蔵は擦り上げる。 泡で滑りのよくなった指で与えられる快感の強さに、思わず蛭魔は武蔵の肩に爪を立てた。 「触ってみろよ、ヒル魔」 「や……」 武蔵の手が濡れた先端から離れ、その下の二人の身体の隙間に差し込まれる。 手のひらで二つの実を、指先できつく窄まった口を弄んでいるが、生温い愛撫に蛭魔はせわしなく腰を揺らした。 しかし武蔵はそれ以上のことをする気はないらしい。 「自分でしてみろって」 「……ンの、糞ジジ……ぃッ」 水面から出て泡を洗い流し続ける自身に、蛭魔は指を伸ばし、武蔵がやったように、泡を擦り付けた親指で弧を描くように刺激を与えた。 「は……ぁっ」 一度退いた熱がまた呼び戻される。 武蔵の視線が、その指先に絡んでいるのに気付いて、蛭魔の腿が大きく波打った。 「ぁ……っ、……出る……」 「もうちっとだけ我慢してくれ。俺も挿れてえ」 「……ッ!」 蛭魔は緩慢な動作で、今にも暴発しそうな自身から手を離し、武蔵の首に縋りつく。 浮いた腰が、自身と同様に反りきっている武蔵のそれにあてがわれた。 散々指で慣らされ、ほころんだ口が、欲しがるようにひくひくと蠢いている。 その口をゆっくりゆっくりと武蔵のものが押し開いていった。 「ふ、ぅっ……ンっ」 「ヒル魔……キツ……締めすぎ」 「なこと言った………って……ッ」 久しぶりだったせいか、蛭魔の意思とは裏腹に、伸縮する内側が武蔵を強く締め付けて離そうとしない。 武蔵が囁く。 「そんなに欲しかったか?」 蛭魔の目元にさぁっと赤が走った。その拍子にきゅっと強く締められて、武蔵から呻き声が漏れる。 「ヤバい、ヤバいって……ヒル魔!」 「ウルセー馬鹿っ!! さっさとイっちまえ!」 武蔵が湯舟の縁に乗せていた小ビンの蓋を開けた。 そして中身を全て蛭魔自身と自分の腹の上に垂らすと、蛭魔の背を抱くようにして一気に揺さぶった。 「ひッ!ぃっ、あァっ、ダメ……っ」 前は武蔵の下腹部とジェルで摩擦され、後ろはさらに深くなった角度で激しく貫かれて、蛭魔は一際高い嬌声を上げる。 バスルームに満ちた声がいつもより甘く聞こえるのは、狭い空間で反響するからだろうか。 武蔵の息づかいもずっと荒く身近に聞こえて、それがまた蛭魔の背を震わせる。 「ムサシ……、ムサ……シっ!!」 喘ぐ舌で武蔵の唇を舐めると、武蔵も舌を絡めてきた。 唇を合わせながらも武蔵は律動を止めず、波打った湯と泡が浴槽から溢れ出る。 その波が一層二人の身体を揺らし、蛭魔は膝を痙攣させた。 「あ……ッ、ぁ、ぁ、もう……、イく、……ぅッ」 「っ、俺も……、ヒル魔……ッ」 蛭魔が細い喉をさらして、ビクビクと白濁した液体を放った。 武蔵の首に、胸に、飛沫が散らばる。 数秒遅れて、蛭魔のなかにも、じんわりと熱いものが広がった。 「アツ……ぅ…………っ」 息を激しく乱す蛭魔の足が、ずるりと武蔵の肩から外れた。 すっかり蛭魔はのぼせてしまったようだ。 武蔵は自分の上で身体を投げ出したまま動けなくなっている蛭魔を見て、慌てて風呂の栓を抜いた。 ぬるめのシャワーで身体を流してやり、自分の身体にまだ泡が付着しているのも構わず、蛭魔をバスタオルでくるんでベッドに運ぶ。 冷蔵庫から出したペットボトルの水を、口移しで飲まされ、ようやく蛭魔は口を開いた。 「金輪際、この風呂で、しねェからな」 「……他所の風呂ならいいのか?」 「いっぺん死ね」 ぷいと寝返りを打ち、もう武蔵の方は見ないようにする。 手を伸ばす気配がしたので、 「濡れた身体で入ってきたらブッ殺す!!」 枕元の銃をこめかみスレスレの位置に一発ぶっ放したら、謝りながら武蔵は転がるようにバスルームへ逃げていった。 ふう、と溜息をつき、ペットボトルの水を全て飲み干す。 武蔵が着替えて、多分ひどい有り様になっているだろうバスルームを片付けて、ここに来るにはまだ少し時間がかかるだろう。それまでに、あの糞ジジイを蹴飛ばせる程度には回復しておきたい。 シャワーの音がする。 それに混じって鼻歌も。 蛭魔は頭を抱えた。 懲りてない。 全ッ然、懲りてない。 あの野郎…………学校辞めてから開き直りやがったか。 放っておいたら、勝手にあの風呂をリフォームして、下手なラブホなんかよりも立派なのに変えちまうかもしれない。 にわかに狂い始めたパワーバランス。 たった数カ月取れなかったデータが、自分には測り知れないヤツの背負ってる重みが、 形作ってたビジョンを崩してゆく。 あの泡のように。 ざわざわと。 それは怖い反面、甘い誘惑でもある。 蛭魔はバスタオルに小さく丸まって、全ての感覚を追い出すように、目を閉じた。 |
end. |