ふいうち。


ヒル魔がブルっと痩身を震わせると、カバンに無造作に詰め込んだ銃火器が硬く細かな音を立てた。
下校時刻をとうに過ぎ、静まり返った玄関前で、それはやけに耳障りに聞こえた。
「忘れ物を取ってくる」と言ってムサシが廊下を引き返したのはもう30分以上も前のこと。
カバンごとケータイをここに残しているので呼び出すこともできない。
おそらく教師の誰かにでも捕まっているのだろうが、わざわざ様子を見に行くのも面倒だ。
行き違いになったらそれこそ馬鹿馬鹿しい。
そんなわけでヒル魔は、身動きも取れずにイライラとこんな所で待ちぼうけを食っていた。

両手を擦り合わせて息を吐きかける。 指先が寒さでじんわりと痺れている。
午前中まで降っていた雨のせいだろうか。空気がひどく冷たい。
近頃は日が落ちてからの気温がずいぶん低くなった。制服だけでは寒く感じる夜もある。
街中でもブーツ姿が目につくようになったし、来週にはクラスの半分がコートかマフラーを持って登校するようになるだろう。

他人より性能のいい、とんがった耳が聞き慣れた足音を捕らえた。
足音は中途半端に靴をつっ掛けて、慌ただしく近づいてきた。

「何やってんだよ!」
「悪い、英語の田中に捕まってた」
「適当な事言って逃げりゃいいだろーが」
「スラングまで使えるお前と一緒にすんな」
「アメフトやってて、何で英語できねーんだよ!?」
「NFLじゃ文法教えてくれねえだろが」

素とも冗談ともつかない返答に、ヒル魔が二の句を継げずにいると、ムサシが
「なあ、ここ寒ィからさっさと行こうぜ」カバンを背負いながら促した。
「おれは30分もここで待たされたんだよ!」キレたヒル魔が、容赦なくムサシを蹴とばした。


アスファルトに伸びた二つの影が、つかず離れずして不揃いに並んでいる。
踵を鳴らして早足で歩くヒル魔の数歩後にムサシが続く。

「悪かったって言ってるだろ」
「知るか馬鹿」
「コンビニ寄ってくか?缶コーヒーに肉まんつけてやるから」
「糞デブと一緒にすんじゃねー!テメー人を何だと思ってやがる!!」
「ヒル魔、待てって」

ムサシがヒル魔の手を掴んだ。

「冷てぇ手……」
「誰のせいだと」

言いかけて、ぎょっとした。
ムサシの手が自分の右手を包み込んで擦っている。
あの武骨な手が、こんなやさしい動きをするとは思ってもみなくて、ヒル魔はただ呆然とムサシの横顔を見つめた。



固まっているヒル魔にようやく気付いたのか、ムサシが手を止めて顔を覗き込むと、ヒル魔は悲鳴とも奇声ともつかない声を上げて飛びずさった。

「てめ……ッ、道の真ん中でそーいうことするか!?」
「今さら何言ってんだ。大したことじゃねえだろ」
「うるせえ!テメー今度外でやったらブッ殺す!!」

人いねえんだし別にいいじゃねえかよ、とブツブツ文句を垂れるムサシを無視して、さっさと歩きだした。

ポケットの中で握った右手が、珍しいくらい熱を帯びている。


その口元がほころんでいるのに、ヒル魔自身気付くことはなかった。






end.